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松本龍元議員の病気病名は何?通夜や葬式告別式の場所や各界のコメントまとめ

   


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大物議員の訃報が流れました。

 

民主党で環境大臣や復興担当大臣を務めた松本龍元衆議院がお亡くなりになったとの報道がありました。

 

 

気になる病気や病名通夜告別式の情報、各界のコメントなどをまとめてみました……がちょっとひどい結果でした……。

 


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民主党政権時に悪い意味で有名になってしまった松本龍元衆議院議員が死去

 

松本龍元衆議院議員といえば、民主党政権時代に様々な問題発言を、それも国会議員の大臣としては歴史に名前を刻んでしまうレベルの暴言を吐いてしまったことで、多くの人の記憶に残っている議員です。

 

いちばん有名なのは、はやり復興大臣の時のオフレコ恫喝発言でしょうか。

 

結果的に、あの発言の後に大臣を辞任、その悪印象から翌年2012年の衆議院議員選挙に落選し、政界を引退。

 

そしてそれからさらに6年後の本日7月21日に、肺ガンにてお亡くなりになったということです。

 

67歳という若さでした。

 

 

松本 龍(まつもと りゅう)

 

 

1951年5月17日 生まれ

2018年7月21日 没

 

福岡県福岡市 出身

中央大学法学部 卒

 

歴代所属政党

日本社会党→社会民主党→民主党

 

親族

松本治一郎(養祖父)

部落解放同盟の父・実業家

松本英一(父)

部落解放同盟活動家・元参議院議員

 

選挙区

福岡1区 当選回数7回

在任期間

1990年~2012年11月16日

 

第15代 環境大臣

在任期間

2010年9月17日 - 2011年6月27日

内閣府特命担当大臣(防災担当)

在任期間

2010年9月17日 - 2011年7月5日

 

 

松本龍元議員は、経歴はある意味とても華々しいものでした。

 

 

部落解放同盟の父と呼ばれる政治家の曽祖父と、その活動を受け継いだ活動家で参議院議員の父を持ち、大学卒業後はその実家の松本組に就職。

 

順調に職歴を積んだあと、30歳の時に父の秘書として政治の世界に入ります。

 

 

部落というワードからもわかるように、父親は日本社会党の議員で、松本龍も秘書を10年勤めた後に、日本社会党から出馬し当選。

 

その後22年間に当選7回を数え、民主党で政権交代を果たしたあと、大臣ポストも歴任するなど活躍します。

 

 

部落解放同盟の大物で、社会党から民主党の大臣へと、ほんとある意味そっち系のエリートですよね……。

 

すごいキャリアです。

 

 

財産もすごい数字で、2008年には8億4千万円の所得で、国会議員全体の1位を記録しています。

 

 

しかし、その栄光も大臣就任までがピーク。

 

その正体は、数々の暴言により世に知れ渡ることとなり、あっという間に転落することになります。

 

 

大臣就任での数々の暴言で失脚から落選、そして政界引退へ


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松本龍元議員は、大臣に就任したことで調子に乗ってしまったのか、元々そうだったのが大臣になってみんなの目につくようになってしまったのか、どちらかはわかりませんが、大臣就任直後から暴言を連発し、日本中から非難を浴びることになります。

 

特に、東日本大震災という未曾有の大災害が発生した際の復興大臣に就任したあとに、とてつもなくひどい発言を連発しました。

 

まず復興大臣就任会見で、いきなり「3月11日以来、私は民主も自民も公明も嫌いだ」と謎の発言をし、野党だった自民党公明党のみならず、与党からも大きな反発を受け謝罪。

 

そして伝説になる被災地訪問での、岩手県および宮城県知事への高圧的な発言をしてしまいます。

 

達増知事に対して

「九州の人間だから、何市がどこの県とか分からん。」

「本当は仮設はあなた方の仕事だ。」(仮設住宅の要望をしようとする達増に対して)

「知恵を出したところは助けるけど、知恵を出さないやつは助けない。そのくらいの気持ちを持て。」

 

村井知事に対して

「県でコンセンサスを得ろよ。そうしないと、我々は何もしないぞ。ちゃんとやれ。」(被災した漁港を集約するという県独自の計画に対して)

「お客さんが来る時は、自分が入ってからお客さんを呼べ。いいか、長幼の序がわかってる自衛隊ならそんなことやるぞ。わかった?」(応接室に村井があとから入ってきたことに対して。村井は元陸上自衛官。この発言に先立って松本は「先に(知事が部屋に)来るのが筋だよな。お迎えするのがね。」とつぶやいていた。)

 

日本が全力で復興に取り組まなければいけない時に、当の復興大臣がこの姿勢ですから、本当に罪深いと思います。

 

 

そして、村井知事への暴言の後には、伝説の恫喝発言が飛び出します。

 

 

「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか、みなさん、いいですか、『書いたらもうその社は終わり』だから。」

 

 

亡くなったばかりの松本龍元議員に対して言うのもなんですが、これは日本の政治の最悪の発言の一つとして、本人が亡くなった後も永遠に歴史に残るレベルでしょう。

 

 

もちろんこの発言は、日本人のほぼ全てに最悪の印象を植え付け、この翌年の衆議院選挙では現職にしてありえないほどの大敗北で落選。

 

2年後の2014年に政界引退を表明しました。

 

 

この転落劇はものすごいものでしたが、自業自得であり、当然の結果です。

 

 

そしてその後、政界ではぱったり音沙汰を聞かなくなりましたが、引退後は部落解放同盟関係の原告団などをされていたそうですので、どうやらそちらの活動はされていたようですね。

 

そして残念ながら政界引退の4年後の本日、肺ガンのために67歳でお亡くなりになりました。

 

 

気になる松本龍議員の病気・病名は?


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報道によると、松本龍元議員は肺ガンを患っていたそうで、死因も肺ガンとのことです。

 

まだ67歳とのことで、癌の進行もかなり早かったのではないかと想像できます。

 

 

2016年、現国民民主党所属の古賀ゆきひと議員の応援に姿を表したことが、ネットに書き込まれていましたが、その頃まではお元気そうだったみたいですね。

 

このことからも、やはりかなり進行の早い肺ガンだったのかなと想像できます。

 

 

肺ガンは必ずしも喫煙と関係するわけではありませんが、松本龍元議員に関しては喫煙者でしたので、肺ガンにあまりいい影響はなかったでしょう。

 

 

近年では抗がん剤などもかなり進化していますが、以外なことに男性の方が効きにくい抗がん剤もあるんですよね。

 

肺ガンの遺伝子系抗がん剤で有名なイレッサなどは、そのタイプだったかと記憶しています。

 

 

かなり罹患から早くお亡くなりになってしまったようですので、そのへんの兼ね合いもあまり良くなかった可能性があるのかもしれませんね。

 

 

通夜・お葬式・告別式の情報など


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通夜:平成30年7月22日午後6時

葬儀:平成30年7月23日午後1時から

 

場所:福岡市中央区古小烏町70の1

ユウベル積善社福岡斎場

 

喪主:妻 松本珠美(たまみ)さん

 

各界のコメントやネットでの反応などまとめ


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政治家のタイムラインを見てみたのですが、これが驚くほど松本龍元議員の訃報に触れていません。

 

有田芳生議員くらいだったのがびっくりしまいた。

 

 

 

 

まだ訃報から1日も経っていないとはいえ、さすがにこれは異常な少なさではないでしょうか?

 

Facebookの方でも、著名な方からのお悔やみなどは現時点ではまったく見受けられませんでした。

 

 

同じ社会党系列の福島瑞穂議員などは、区議の方の訃報は伝えていますが、松本龍氏には触れていません。

 

 

 

これ、ちょっとひどくないですか?(笑)

 

 

もちろんこれから色々コメントは出てくるかと思いますが、やはり多くの関係政治家にとっては、あの一連の出来事は黒歴史だったということの証明なのかも知れませんね……。

 

 

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