謹賀新年 西暦2017年は皇紀2677年!をさり気なく世の中に広めるすゝめ

      2017/01/04

あけましておめでとうございます!

境子です!(*´∀`*)

 

今年は日本においても解散総選挙

アメリカではトランプ大統領誕生

などなど、いろいろ激動の1年に

なりそうな予感がありますね~。

 

そんな一年の始まりの元旦に

ちょっとお正月っぽく

皇紀について書いてみました!

 


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皇紀をさり気なく広めるためのすゝめ 基礎知識編

 

皇紀とは何か?

 

キリストを起源とする西暦

平成などの元号とおなじく

年代を記録するための

紀元法の一つです。

 

 

日本の国が始まった年を元年として

カウントしていて、つまり日本の

建国の年数とイコールとなるように

されています。

 

日本が建国された年というのは

初代天皇の神武天皇が即位したと

される年のこととなります。

 

 

皇紀がすぐ分かる計算方法

 

皇紀は元年が紀元前660年

されていますので

西暦1年が皇紀661年です。

 

つまり

西暦に660を足せば皇紀になります

 

今年は2017年ですので

660を足して皇紀2677年です。

 

 

ですので、日本は今年で

建国2677年目

 

これはダントツで世界最古の国で

あるということになります。

 

 

皇紀の別の呼び方

 

皇紀の正式名称は

神武天皇即位紀元と言い

本来は皇紀のほうが略称ですね。

 

 

他にも

 

皇歴(すめらこよみ、こうれき)

神武歴(じんむれき)

日紀(にっき)

神武紀元(じんむきげん)

即位紀元(そくいきげん)

 

などとも言われます。

 

 

今風に言うと、中二っぽくて

すごくかっこいいと思います(笑)

 

 

皇紀に良くある疑問質問


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そんなに昔から日本があるって普通に考えてありえないよね?

 

現在、他の国、特に中国の歴史的な

記録や、日本で出土したものから

年代を考えれば、2677年というのは

確かに現実的な数字とは言えません。

 

 

しかし、皇紀というのはつまり

日本の国がいつ始まったのか?

というかなり日本人の根源的な

テーマであると言えると思います。

 

 

その大切な大前提を考える時に

踏まえておかなければいけないこと

それは皇紀元年がいつかは正確には

わかりえないという事実です。

 

わからない、この事だけを切り取ると

え?となるかもしれませんが、実は

これこそがものすごいことなんです。

 

 

あまりに当たり前すぎて、普通に生きて

いるとなかなか気が付かないのですが

何かが記録されて、伝わるというのは

基本的には文字や文章で記録される

必要があります。

 

しかし、人類にその文字や文章で伝える

という文化が広く伝わるようになり

ある程度の精度で記録が残せるように

なったのは、地域差はあるものの

せいぜい千数百年前かそこらでしか

無いわけです。

 

 

日本でも文字が使われることになった事

自体が2000年も前ではないですし

 

世界レベルで見ても2000年以上も過去に

なってくると、伝聞や伝承などが

織り交ざってしまっていて、基本的に

年代特定の精度はかなり落ちます。

 

 

西暦の紀元となっているキリストの

生誕ですら賛否両論があり、現状

2017年前に生まれたという説が

主流というわけではありませんよね。

 

 

しかし

日本のすごいのはまさにそこです。

 

記録で正確にたどることができない

はるか昔から存在している国で

しかもそれが今も続いている。

 

始まりを求めると

神話につながってしまわざるを得ない

ファンタジーを地で行く国。

 

 

紀元がどうやっても正確に

わからないほど古い国

 

それが日本という

世界最古の国の凄さなんです。

 

 

天皇の歴史って卑弥呼とか邪馬台国とバッティングしてない?

 

日本の皇紀を基準にした序盤の神話的な

部分は、実際の歴史的な別の事実とは

相反してしまう部分はたしかにあります。

 

 

でも、どっちが正しいとか間違って

いるとかそういう問題ではないのです。

 

そうせざるを得ないほど、日本が

古すぎるから仕方ないわけです。

 

 

皇紀元年が紀元前660年である根拠は?

 

その始まりが紀元前660年

という根拠は何なのでしょうか?

 

これを決めようという機運が起こった

のは、今から1400年ほど前の

聖徳太子の頃です。

 

 

当時、それまで伝承や伝聞になっていた

日本の歴史的記録を、はじめてまとめる

事業が始まり、日本書紀や古事記などが

編纂されました。

 

この時、当然日本がいつから始まった

のかという話題になったのでしょう。

 

面白いのが、少なくともこの時点で

すでに伝説レベルだったということです(笑)

 

 

元々の伝承で

辛酉(かのととり)年の春正月に

神武天皇が即位した

という伝承がありました。

 

つまり

過去の何処かの辛酉の年が

つまり建国の年

ということですね。

(日にちは今の暦で2月11日です)

 

 

このことだけは確定なのですが

60年ごとに訪れるいつの

辛酉年かが分かりません。

 

 

それに加え前提となるヒントは

・天皇が33代目であること

・日本中に残っている様々な伝承

などとなっていました。

 

 

次に、この条件に当時の最先端の

叡智をミックスさせていきます。

 

 

この頃の日本は、中国大陸の文化に

大きな影響を受けていたわけですが

当時最先端学問の讖緯説の逸文の中に

このような内容がありました。

 

干支が21週する周期を1蔀(ぼう)とし

その1蔀ごとの辛酉年に国家的革命が起こる。

 

つまり、その期間は

干支が一周(60年)×21=1260年ごと

となります。

 

 

当時の聖徳太子のボスは

第33代にして初の女性天皇

推古天皇でした。

 

 

ボスですから、まず推古天皇の偉業こそが

国家的革命のはずなのだとしますよね。

 

讖緯説を当てはめていけば、推古天皇の

時代の辛酉年は西暦601年です。

 

この年に斑鳩に遷都しているので

それをその国家的革命の出来事

なのだと決めます。

 

これで基準点ができました。

 

 

つぎに

そこから逆算して1260年遡った時に

国家的革命があったに違いない!

 

ならば

その紀元前660年こそが建国だ!

 

つまりそんな感じだったんだと思います。

 

 

要は縁起担ぎですよね(笑)

 

だって

本当の年なんてわからないわけですから

こんな風にとりあえず決めちゃう!

というのも、仕方ないことだと思います。

 

 

こういうのは決めちゃうことが重要です。

 

西暦だって、キリストの生誕年が

新しい説が出るたびに変わる

わけじゃないですからね。

 

基準点を歴史と伝承から決めた

と言う経緯そのことそのものが

歴史なのだといえるでしょう。

 

 

そして、それはそれで

歴史的事実なのであり、日本の根幹の

紀元の面白さでもありますね。

 

 

皇紀なんて正確な数字じゃないから認められない

 

これに対して年号が事実の年数に対して

正確じゃないと謎の拒絶をする人も

いますが、ここで重要なのは

 

「わからないくらい古いからとりあえず

その時点でわかっている情報を集めた上で

縁起をかついで決めちゃった」

 

という歴史的ストーリであって

正確じゃないことそのものにすら

価値があるわけです。

 

 

縁起というのはちょっと崩した言い方に

なっていますが、当時の最先端の叡智と

科学の結晶が学問だったわけであり

それを基準に編み出された、当時には

確信のある考え方だったと言えます。

 

 

まあ確かに、そこから32代ほどを1260年

という期間に当てはめながら遡ったため

最初の方の頃の天皇は年齢が200年くらい

生きている計算になってしまったり

 

ちょっと無茶な部分も無くはないですが

それはそれで興味深いことだと思います。

 

 

残されている記録からでは

神話や伝承と境目をつけられない

それが日本の歴史であり

皇紀の持つ一つの側面なのです。

 

 

例えばとても大きい数のことを

八百万(やおよろず)だったり

百千、八百などと数字を比喩的に

使う場合があります。

 

日本の皇紀が紀元前660年であるのも

それと同じように、とても古くて

正確にわからないことの象徴的な数字

なのだと言えるのではないでしょうか。

 

 

我々の建国を基準にした紀元、皇紀。

 

これはあくまで数字の正確さだけの

ものではなく、歴史の一部でもあると

言えると思います。

 

 

皇紀を知らない日本人がたくさんいるという残酷な現実


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皇紀って何?

 

日本って建国何年なの?

 

という方は、このブログにたどり着いて

いる方ではそれほど多くないことは想像に

難くないですし、皇紀とはなんぞや

などと語ることもとても僭越なことでは

あると思います。

 

 

しかし、私はお恥ずかしながら

高校を卒業するくらいまで

皇紀と言うものを知りませんでした。

 

現実的に、そういう当時の私のような

人がまだまだたくさんいるであろうと

いうのもまた事実だと思います。

 

 

この現状は

とてもおかしいものだと思います。

 

 

日本人として生まれ

日本語を使い思考しながら

最低限知らなければいけない

歴史的・文化的・伝統的知識が

 

欠落しているなということは

大人になってからたびたび

思い知らされることであり

 

そのことの象徴の一つと言えるが

この皇紀なのではないかと

私は考えています。

 

 

知らないということはとても残酷な

ことであり、知らなければそもそも

興味を持つことも、それについて

考えたり比較したり、推敲したり

推し量ることもできません。

 

 

私の場合で言えば、両親は戦後の

生まれの末っ子同士の夫婦で、結構

のほほんとした二人でしたので

親からそういう歴史的な話が

出ることは無かったです。

 

そして、学校でも

ほとんど教わらなかったですね。

 

もちろん、友達ともそういう話題で

話をすることはありませんでした。

 

 

大分あとになって、自分から興味を

持って色々調べるようになってから

多くのことを知った時

 

「これはもっと早く教えておいてよ…」

と思うことが何度も何度もありました。

 

 

このように、とても大切な日本人として

常識として知っていなければならない

レベルの歴史的基礎知識を知らないまま

育ってしまう私のような人って

かなりいるんじゃないかと思います。

 

 

これは、日本の歴史を知って愛国者に

なるべきとかそういう問題ではなく

 

そもそも右になるにも左になるにも

その判断材料になるかなり重要な根本

知識を遠ざけてしまっているという

今の日本のありかたが怖いことだと

いうことなのです。

 

 

まず皇紀などを切り口にして

少しでもそんな日本人として当たり前の

歴史から目隠しをされてしまっている

当時の私のような不幸な人を

 

皆さんにぜひ支援して

もらえればな~と思います。

 

 

例えば、お正月、甥っ子とかに

「皇紀って知ってる?」

「西暦に660を足すと皇紀だよ~」

みたいなさりげないトークから

入ってみるとかいかがでしょうか?(笑)

 

 


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 - カルチャー, 歴史